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[RACE REPORT]青葉賞(GII) ホクトスルタン閣下VSマイネルヘンリー王子


 10R の出走馬たちがパドックから姿を消すと、パドック周辺の木々たちがザワザワと揺れ、葉と枝を互いに打ち合いながら、何かを警告するかのように激しく音を鳴り散らしだす。うるさく叫ぶ木々のすぐ上には、いかにも重そうな真っ黒い雲がでんと構えていた。
 ひょっとしたらあの黒い雲の切れ端から、悪魔でも降りてきやしないだろうか。ぼくは見上げた空に少しばかりの恐怖さえ覚えた。
「これは何かが起こるぞ」
 予知夢だとか特別な才能がなくとも、何かを感じさせてくれるのには十分なシチュエーション。
 やがて木々の揺れが収まると、稲光が目の前で一度や二度、三度。するとほぼ同時に、せめて雷鳴が轟き終わることぐらい待てなかったのか、激しい雨粒が地面めがけて降り注ぎ、あっという間にあたり一面から色という色を奪い取ってしまった。
 ぼくは何とかカメラだけは濡らすまいと、身体を縮こませて丸くなり、いかにも頼りない小さめの折りたたみ傘に身を隠した。
 いつもより長く感じられる時間の経過の中で「バラバラ」と傘を叩く音を聞きながら、ぼくはふとあの日のことを思い出していた。
 確かあの日もこんな天気だったはずだ。

不穏な空気の東京競馬場
 ▲ あたりはあっという間に真っ暗に

 パドックへ青葉賞の出走馬たちが顔を揃えると、雨はいっそうその勢いを増していた。突然の雨に多くの関係者に不安の顔が浮かび上がる。
 いつの間にか周辺の人影はまばらになり、それぞれに期する思いを抱いた人だけが傘の下で丸くなっていた。
 ぼくは傘を首と肩の間に挟み、カメラを雨に濡らさぬようにしながら馬の動きにあわせてズームとピントを合わせる。だが突然の雷雨に馬たちも落ち着きをなくし、撮影は困難を極めた。
 正直、数周見たらスタンドの中へ避難することも考えた。新しいスタンドはとても豪華だという。カメラを優先して守っているせいで、ぼくの背中と腰は傘からはみ出していた。
 だけどもずぶぬれになりながら歩く馬と関係者を見ていると「自分だけがぬくぬくして、馬だけに多大な期待を背負わせるのはどうなんだ?」という気持ちが心を激しく殴りつけた。しつこいぐらいに「気持ちだ何だ」と煽っているくせに、自分が気持ちを見せられなくてどうするんだと。
 何よりあの日と同じような空が伝説の幕開けを告げているようで、気持ちをさらに強くさせた。
 この雨はマックが現役を退いたあの日と今とを繋ぐ架け橋になるのではないか。そう考えると身体に力が宿った。

ホクトスルタン閣下
 ▲ ホクトスルタン閣下の厩務員さんはびしょびしょになりながらパドックを周回

マイネルヘンリー王子
 ▲ むろんマイネルヘンリー王子の厩務員さんも

 パドックへの周回はいつもより長く感じられた。
 雨は弱くなる気配すら見せないまま、隙あらば傘の間からカメラを狙ってくる。もはやいい写真を撮るとかいうレベルの話ではなくなっていた。
 ファインダー越しに覗いたスルタン閣下はやや落ち着きを欠き、王子はいつものようにどっしりと周回しているように見えたが、その記憶も今となっては怪しい。
 どんどんと水が浸入してくる背筋と足元に集中力を奪われ、ぼくはもはや彼らを見守るだけで精一杯の状態だった。

ホクトスルタン閣下
 ▲ パドックの周回を終えて本場馬へ向かうホクトスルタン閣下

マイネルヘンリー王子
 ▲ おなじくマイネルヘンリー王子

 パドックを後にする閣下と王子を見送ってから、ぼくはスタンドを駆け抜け本場馬へ向かう。
 そこはメインスタンドから発せられたライトが暗闇を切り裂き、ゴール版を浮かび上がらせ幻想的な空間が広がっていた。もっともそんなファンタジーな世界観に心地よさを感じるほどの余裕はぼくになかったが。
 雨はいよいよ酷くなり、雷がわめき散らす。
 閣下は馬場へ入場すると、光を横切って1コーナーへ向けて駆け出した。そのとき、浴びたスポットライトに芦毛の馬体が一瞬輝く。さらにライトは王子の身体も雄大に浮かび上がらせていた。
 レンズを通して見た閣下と王子の姿に思わず心が震えた。この姿だけで期待感は十分だった。
 今日こそほんとうに待ち焦がれたぼくたちの英雄が誕生するのではないだろうか。やっぱり神に選ばれた2頭だ。気分は最高潮に達し、予感は確信に変わりつつあった。

幻想的な東京競馬場
 ▲ 幻想的な東京競馬場

ホクトスルタン閣下
 ▲ スポットライトを浴びるホクトスルタン閣下

マイネルヘンリー王子
 ▲ おなじくマイネルヘンリー王子

 だが高揚感に包まれた心に突如不安が入り込んでくる。
 雷の音にびっくりした馬が2頭放馬したのだ。「どっ」と沸くスタンド。その時はじめて競馬場のムードが尋常でないことに気付く。
「これは何かが起こる」
 雨は相変わらずすさまじい音を立てながら、地面を叩き続けていた。

不穏な東京競馬場
 ▲ 雷に驚いて放馬

 レースは抱いた期待感や不安とは比べようがないほどに実にあっけないものだった。
 先手を奪ったホクトスルタン閣下は直線半ばで馬群に飲み込まれ、マイネルヘンリー王子の姿は最初から最後まで見当たらなかった。
 叫ぶ機会すら与えられず、勝った馬、ダービーの権利を取った馬も分からない。
 先頭集団から少し遅れて目の前に現れた閣下と王子の姿を、何の感情も浮かばないまま、淡々と、恐ろしいぐらい冷静に見送った。そしてびしょびしょのズボンを引きずるようにぼくは足早に競馬場を後にした。

マイネルヘンリー王子
 ▲ マイネルヘンリー王子が勝ったかのような写真

 やっぱりダービーという舞台は凄い。そしてそこへ辿り着くまでの路はあまりに険しくて厳しいものだった。
 放馬してかなりの距離を走っていたにも関わらずゲート入りさせた2頭の関係者の意地。そしてナタラージャの故障、予後不良という事実が余計にそのことを強調しているようだった。
 険しく厳しき高い壁だからこそ、みなこぞってそこを目指すのだろう。
 率直に言って悔しい。チャンスを与えられながら、今この時に掴みきれなかったことがとてつもなく悔しい。
「次にリベンジする」
 言葉で言うほどこのことは簡単じゃないだろう。
 それでも必ずリベンジしなくてはいけない。このまま終われるわけがない。この悔しさがぼくたちにもう10%の気持ちを振り絞る力を与えてくれるはず。今日の挫折はきっと明日への糧となるはず。いや糧にしなくちゃいけない。
 まずはヴィクトリアマイル。このまま俯いたままで春を終えてたまるか。
 ぼくたちには他人(ひと)に誇れる姫がいる。

[2007 04/28]

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