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メジロマックイーン関連ニュース

八竜(メジロブリット)を訪ねて


「八竜はほんとうに最高の名馬でした」

優しい口ぶりながら熱く語ってくれたのは、流鏑馬の射手として20年近いキャリアを誇るベテランの有本さん。
今回、僕が八竜に会いに行くにあたって、案内役をつとめてくださった。
そして八竜とは、流鏑馬の舞台で活躍を続けてきたメジロマックイーンの子である。

競馬場で走っているときは、メジロブリットという名が付けられていた。

父がメジロマックイーン、母が日経新春杯などを制したメジロランバダ、芦毛の男馬で栗東の池江泰郎厩舎所属、とここまでの字面を見れば、当時どのくらいの期待を背負っていたかは説明不要だろう。
だが彼はデビュー直前に故障してしまい、怪我が癒えてからは競馬がすっかり嫌いになっていた。
そしてレースに対する前向きさがまったく見られぬまま、わずか6戦で競馬場を後に。

現役時代のメジロブリット

人間と同様に馬にも縁というものがあるようで、引退後のメジロブリットは井上さんという方と運命的な出会いを果たす。
映画用の乗馬などを飼育していた井上さんは、当時所属していた会社の社長がメジロの北野さんと同級生という縁から、メジロブリットを譲り受ける話をいただいたという。

メジロブリットと対面した井上さんは、彼の流鏑馬馬としての素質を見抜き、長い時間をかけて彼を調教していく。
そして「八竜」という名を与えられたメジロブリットは、有本さんをはじめとする流鏑馬の名手たちとともに、沢山のファンを沸かせてきた。

参考記事:「八竜ことメジロブリットはとても幸せそうでした

八竜(メジロブリット)

ところで八竜という名前の由来をご存知だろうか。

「八竜」というのは「源氏八領」と言われる八つの伝説的な鎧の一つのことで、源為朝がまとっていたと伝えられている。
鎧「八竜」はとても綺羅びやかな佇まいで、メジロブリットの放つスター性に合致していたこと。
そして源為朝が白馬に跨り戦場を駆けていたことから、メジロブリットには「八竜」という名が与えられた。

そんな素晴らしい名前を得た八竜は、流鏑馬のスターホースとして数々の大舞台にのぼった。
中でもオバマ大統領が来日した際に行った流鏑馬神事は、ウォール・ストリート・ジャーナルでも大々的に報じられるなど、輝かしい実績として今も燦然と輝いている。

その時のことを、当時手綱を握っていた有本さんが振り返ってくれた。

「あのときは警備がものすごくて、私達に向けてずっと警護の銃口が向けられている状態だったんですよ。しかもオバマ大統領の到着が遅れて、結構待たされたんですよね。だんだん馬もピリピリし始めちゃって……でも八竜が凄いなぁ、大物だなぁと思うのは、そんな神経質な状況にも関わらず寝始めちゃったんですよ(笑)。でも一頭そういう行動を取れる馬がいると、みんな落ち着いてくれるんですよね。ほんとうの名馬でした。僕も彼とならいつも安心して流鏑馬ができたんですよ」

参考記事:「メジロブリットこと八竜が、オバマ大統領の前で流鏑馬を行う

八竜(メジロブリット)

有本さんの運転で車を走らせること数十分。
東名高速御殿場インターチェンジのほど近く、「御殿場カルチャーファーム」というところで、現在のメジロブリットは余生を過ごしている。

車を降り、厩舎の方へと歩みを進めると、中から笑顔の男性に導かれて白い馬がやってくる。
メジロブリットを流鏑馬の名馬に仕立て上げた井上さんと八竜だった。

「今もそこを乗ってきたんだけど、元気元気。もう大丈夫だよ」

八竜を引いてきた井上さんは溢れんばかりの笑顔で、まるで我が子のように優しく八竜のことを撫でながら話をしてくれた。

八竜(メジロブリット)

「もう大丈夫」

実は今年1月に八竜は倒れていた。
川崎競馬場で行われた流鏑馬神事終了直後の出来事だった。

肺からの出血だったそうだが、吐血量も多く、一時は最悪のケースも考えられたのだが、競馬場で倒れたのが不幸中の幸いだった。
設備が整っていたことや腕の立つ獣医が滞在していたことで迅速な処置を受けられ、そしてまた井上さんや御殿場カルチャーファームの皆さんの懸命な看護もあり、今は体調も回復して元気な姿を見せてくれた。

「まだちょっとこうやって鼻が出ることもあるんだけどねぇ」

と、話を続ける井上さんは八竜の鼻元をすすり、優しく鼻汁を拭き取る。
八竜はすべてを託すように、目を閉じてすり寄っていた。

八竜(メジロブリット)

「手術をすればまだ流鏑馬もできるだろうけど、もうそこまでしてもねぇ……」

八竜は今回の件で、正式に流鏑馬を引退することが決まっている。

長年コンビを組んできた有本さんは、多くの貴重な経験をともに積んできた戦友だっただけに、心底寂しく、愛おしく、その溢れる感情を隠すことなく、何度も何度も井上さんに感謝の言葉を述べていた。

「本当に人生を変えてくれた名馬でした。ありがとうございました」

八竜(メジロブリット)

中央6戦0勝の未勝利馬。

すでにこの世からいなくなっていてもおかしくない命を救われただけでなく、ここまで人に愛されているメジロブリットは、なんて幸せなのだろうか。
自分たちが思い描いた「親子四代天皇賞制覇」には全然届かなったけれども、様々な縁でたどり着いた場所はまさしく安住の地であった。

井上さん、有本さん、そして御殿場カルチャーファームの皆さんと話をしている間、八竜はずっと優しい表情で聞き耳を立てていた。
きっとみんなの愛を全身で受け止め堪能しているのだろう。

もう彼に望むことは何もない。
ただただ、このまま安らかな時間ができるだけ長く続いてくれれば、それだけで。

八竜の横では別の流鏑馬馬が、丁寧に時間をかけて手入れを施されていた。
穏やかな空気と時間が流れる中で、ブラッシングの音と「ブヒヒ」というなんとも愛くるしい馬の声だけが、牧場に響き渡っていた。

八竜(メジロブリット)

取材・協力:御殿場カルチャーファーム

[2019 10/25]

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